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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)5390号 判決

大阪府東大阪市西堤本通東一丁目一番地一

原告

株式会社黒田化工研究所

(旧商号・千代田化成工業株式会社)

右代表者代表取締役

黒田重治

奈良市登美ケ丘五丁目一番一三号

原告

黒田重治

右訴訟代理人弁護士

折田泰宏

大阪市淀川区宮原四丁目一番四三号

被告

オー・ジー株式会社

(旧商号・大阪合同株式会社)

右代表者代表取締役

高野文雄

奈良県大和郡山市椎木町三九一番地の四

被告

日東産業株式会社

右代表者代表取締役

大塚康

右両名訴訟代理人弁護士

吉村修

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告株式会社黒田化工研究所に対し、各自金五〇〇万円及びこれに対する被告オー・ジー株式会社については平成五年六月二六日から、被告日東産業株式会社については同月二七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは原告黒田重治に対し、各自金五〇〇万円及びこれに対する被告オー・ジー株式会社については平成五年六月二六日から、被告日東産業株式会社については同月二七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告黒田重治(以下「原告黒田」という。)は、昭和二八年一二月、被告日東産業株式会社(以下「被告日東産業」という。)を設立し、同社の全株式を所有し、代表取締役の地位にあった。

原告黒田は、昭和三七年五月、特許番号第二九九一八六号、発明の名称を「軟質合成樹脂合着耐圧ホースの製造法」とする特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件特許発明」という。)を取得し、本件特許発明を被告日東産業が実施し、ビニール製耐圧ホースの製造販売をしていた。

(二)  被告オー・ジー株式会社(後記特許訴訟提起時の商号は「大阪合同株式会社」。以下「被告オー・ジー」という。)は、昭和三一年頃から、被告日東産業に対し、ビニールホース及びビニール製耐圧ホースの製造に用いる塩化ビニール樹脂その他の原材料を供給していた。

(三)  原告黒田は、昭和三八年三月、被告オー・ジーに対し、自己所有の被告日東産業の株式を譲渡すると同時に、同社の取締役を辞任した。

その際、被告らは、原告黒田に対し、右株式譲渡及び取締役辞任の条件として、被告日東産業において同年六月三〇日限り本件特許発明の実施を打ち切る旨約した。

(四)  原告黒田は、昭和三八年一二月、本件特許発明を実施してビニール製耐圧ホースを製造販売する目的で、原告株式会社黒田化工研究所(後記特許訴訟提起時の商号は「千代田化成工業株式会社」。以下「原告会社」という。)を設立し、原告会社に対し本件特許権を譲渡した。

(五)  原告会社は、昭和四一年五月頃、本件特許発明を実施し、ビニール製耐圧ホースの製造販売を開始したところ、各販売先は、以前から被告日東産業から同じビニール製耐圧ホースを購入しているとの理由で、原告会社製品の取扱を拒否した。

2(一)  原告らは、被告らを共同被告として、大阪地方裁判所に特許権侵害差止、損害賠償及び株式返還を求める訴を提起したが(同裁判所昭和四二年(ワ)第六五三七号事件。以下「特許訴訟」という。)、一審、二審、三審とも原告ら敗訴の判決を受け、同判決は昭和五三年一〇月六日確定した。

(二)  特許訴訟で被告らが勝訴した理由は、本件特許発明の中核である「軟質の熱可塑性合成樹脂管を適長に切断したものの中に空気その他の圧力媒体を充填封緘したものを内管とな」す点について、当時被告日東産業の製造部員であった証人の出口嘉男(以下「出口」という。)、同筧求(以下「筧」という。)及び同吉川辰一(以下「吉川」という。)らの証言、当時被告日東産業の代表者であった佐竹三吾(以下「佐竹」という。)の供述並びに被告日東産業における合計三回の現場検証の結果(吉川の指示説明を含む。)によると、圧縮空気を使用しないで、単に常圧空気のまま同じ耐圧ホースの製造ができるということによるものであった。

3  ところが、原告らが国を相手方として大阪地方裁判所に提起した同裁判所平成三年(ワ)第六五二九号慰謝料請求事件について、平成四年二月一八日に言渡された判決(以下「別件大阪地裁判決」という。)により、被告日東産業が、前記三回の現場検証の際、検証用に特製の内管を用意したり、偽装装置を設置するなどして、故意に虚偽の指示説明をし、あるいは偽装装置による偽の耐圧ホースを検証させ、それによって裁判官を欺岡した結果、本来なら取得できなかったはずの勝訴判決を得ていたという被告らの不法行為の存在が客観的に明白になった。

4  原告らは、被告らの右不法行為の結果、以下の各損害を蒙った。

(一) 原告会社の損害

(1) 被告らは、実際には、本件特許発明を実施していたのに、これを実施していない旨主張立証して、前記特許訴訟の各判決を詐取し、この結果、本来原告会社に支払われるべき特許権侵害によって得た利益一億〇三一七万六〇〇〇円の支払を免れたものであり、原告会社は同額の損害を蒙った。

(2) 原告会社は、本件特許発明を実施してビニール製耐圧ホースの製造販売を行う目的で、ビニール製耐圧ホース製造用の設備一式を準備し、耐圧ホースを製造販売したが、被告日東産業の妨害と特許訴訟での原告ら敗訴の判決とによって、結局事業閉鎖に追い込まれ、信用を失墜した。

よって、被告らは原告会社に対し、連帯して慰謝料として三〇〇〇万円を支払うべきである。

(二) 原告黒田の損害

(1) 被告オー・ジーは、本件特許発明の実施を打ち切ることを条件に原告黒田所有の被告日東産業の株式一万八六〇〇株(全株式の七七パーセント)を一四三〇万円で譲受けておきながら、同株式を取得して被告日東産業を支配下に置くと、実際には引続き同被告に本件特許発明を実施させておきながら、これを実施させていないと偽り、前記特許訴訟の各勝訴判決を取得したものである。

その結果、被告オー・ジーは、本来原告黒田に返還しなければならない右株式の返還を免れたことにより、会社支配に伴う諸利益金少なくとも二億三三五六万二〇〇〇円を取得したものであるから、先に原告黒田に支払われた一四三〇万円を差引いた差額二億一七三六万二〇〇〇円と同額の損害を原告黒田に与えた。

(2) 原告黒田は、被告オー・ジーが本件特許発明の実施打切の条件を履行するものと信じて、株式を譲渡するとともに取締役を辞任し、以後、本件特許発明の実施を目的に千代田化成工業株式会社(現在の原告会社)を設立し、本件特許権を同社に譲渡した上、代表取締役としてその経営に当たり、第二の人生計画に賭けていた。

しかし、被告らの不法行為によってこれが挫折したため、名誉及び信用の失墜による大きな精神的、経済的負担を受けた。したがって、被告らは、その慰謝料として三〇〇〇万円を支払うべきである。

5  よって、原告らは被告らに対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、連帯して右損害の内それぞれ五〇〇万円(一部請求)及びこれらに対する不法行為後の日(訴状送達の日の翌日)である被告オー・ジーについては平成五年六月二六日から、被告日東産業については同月二七日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求ある。

二  請求原因に対する被告らの認否及び主張

(認否)

1(一) 請求原因1(一)の前段の事実は認める。後段の事実の内、原告黒田が本件特許権を有していたことは認めるが、その余の事実は知らない。

(二) 同(二)の事実は認める。

(三) 同(三)の前段の事実は認めるが、後段の事実は否認する。

(四) 同(四)の事実は知らない。

(五) 同(五)の事実は知らない。

2(一) 請求原因2(一)の事実は認める。但し、特許訴訟には株式返還請求は含まれていなかった。また、判決確定日は、原告黒田と被告日東産業との間では昭和五三年一〇月六日、原告黒田と被告オー・ジーとの間、原告会社と被告らとの間では昭和五三年一月一二日である。

(二) 同(二)の事実の内、一、二審判決が、被告日東産業は本件特許発明の方法によらずにビニール製耐圧ホースを製造販売していると認定したことは認める。また、証人出口、同筧及び同吉川の各証言、被告日東産業代表者佐竹の供述並びに現場検証の結果が右認定の証拠資料の一部になっていることは認めるが、裁判所はそれらの証拠資料だけで右認定をしたものではない。

3 請求原因3の事実は知らない。特許訴訟において、三回の現場検証が行われたことはあるが、その際、「被告日東産業が検証用に特製の内管を用意した」ことはないし、「偽装装置を設置するなどして、故意に虚偽の指示説明をし」たことも、「あるいは偽装装置による偽の耐圧ホースを検証させ」たこともない。ましてや、「それによって裁判官を欺岡した結果、本来なら取得できなかったはずの勝訴判決を得ていた」ことなど全くない。

国を相手方とする慰謝料請求事件には、被告らは当然のことながら全く関与しておらず、いかなる審理が行われたのか全く不明であるが、別件大阪地裁判決において原告らの主張するような認定がなされることはあり得ない。

4 請求原因4の事実は否認する。

(主張)

1 原告らは、被告らに対し、本件訴訟以前に、特許訴訟及びその控訴審判決に対する三度にわたる再審請求訴訟のほか、次の三件の損害賠償請求訴訟を提起したが、いずれも原告ら敗訴の判決があり確定した。

(一) 第一次損害賠償請求訴訟

原告らは、昭和五六年五月一九日、被告日東産業と筧を共同被告として大阪地方裁判所に損害賠償請求訴訟を提起したが(昭和五六年(ワ)第三三七七号事件。以下「第一次損害賠償請求訴訟」という。但し、筧に対する訴は一審係属中に取下げ。)、昭和五七年六月一七日請求棄却の判決の言渡があり、原告らは大阪高等裁判所に控訴したが(昭和五七年(ネ)第一三一五号事件)、昭和五八年二月一〇日控訴棄却の判決の言渡があり(原告会社は上告せず、原告会社の関係ではそのまま確定。)、原告黒田は最高裁判所に上告したが(昭和五八年(オ)第四七五号事件)、昭和五八年一〇月二七日上告棄却の判決の言渡があり、確定した。第一次損害賠償請求訴訟における被告日東産業に対する請求の原因は、特許訴訟において、同被告が本件現場検証で虚偽の指示説明をしたり、別の現場を指示したりして、裁判所を欺岡し、その結果、本件特許権を侵害していないという誤った判決がなされ、原告らが損害を蒙ったというものであったが、右判決理由では、右原告ら主張事実は認められないと認定判断された(乙第三号証の1~3)。

(二) 第二次損害賠償請求訴訟

原告会社は、昭和六〇年八月一三日、被告日東産業、吉川及び訴外堀川卓を共同被告として大阪地方裁判所に損害賠償請求訴訟を提起したが(昭和六〇年(ワ)第六三九五号事件。以下「第二次損害賠償請求訴訟」という。)、昭和六一年一一月一三日請求棄却の判決の言渡があり、原告会社は大阪高等裁判所に控訴したが(昭和六一年(ネ)第二四二九号事件)、昭和六二年四月一六日控訴棄却の判決の言渡があり、原告会社において上告することなく、確定した。第二次損害賠償請求訴訟における請求の原因は、特許訴訟において、吉川と訴外堀川卓が共謀して本件現場検証において裁判所に対し虚偽の指示説明をし、裁判所をその旨誤信させた結果、原告会社が敗訴し損害を蒙ったというものであったが、右判決理由では、右請求は第一次損害賠償請求訴訟の蒸し返しというべきものであるから、信義則に照らし許されないとされた(乙第四号証の1~3)。

(三) 第三次損害賠償請求訴訟

原告らは、平成元年一一月二八日、被告ら及び出口を共同被告として、大阪地方裁判所に損害賠償請求訴訟を提起したが(平成元年(ワ)第九六三九号事件。以下「第三次損害賠償請求訴訟」という。)、平成三年七月三〇日請求棄却の判決の言渡があり、原告らは大阪高等裁判所に控訴したが(平成三年(ネ)第一八〇七号事件)、平成四年三月二七日控訴棄却の判決の言渡があり(原告会社は上告せず、原告会社の関係ではそのまま確定。)、原告黒田は最高裁判所に上告したが(平成四年(オ)第一三二六号事件)、平成四年一〇月六日上告棄却の判決の言渡があり、確定した。第三次損害賠償請求訴訟における請求の原因は、被告らが共同して、特許訴訟において、筧、吉川、佐竹及び出口に偽証又は虚偽の供述をさせ、本件現場検証において吉川らに虚偽の指示説明をさせ、その結果、被告らは勝訴判決を取得したものであり、そのことは昭和六三年八月一八日に吉川が右偽証工作等の事実を告白して初めて判明したというものであったが、これに対し、一審判決は、「民事の確定判決の成立過程において、勝訴の当事者が虚偽の事実を主張のうえ、偽証工作等、違法な訴訟行為を行い、裁判所をだまし、その結果右勝訴判決を不正に取得した場合において、右違法行為につき刑事裁判において詐欺罪の有罪判決が確定するなど、右公序良俗に反する違法行為の存在が明白に認められる場合は、右民事の確定判決によって損害を被った当事者は、再審手続によることなく、相手方に対し、不法行為による損害賠償を請求することができると解するのが相当である。」としたうえで、特許訴訟に関連して詐欺罪の有罪判決等は存在しないとして、損害賠償を請求できる場合には当たらないとし、さらに第二次損害賠償請求訴訟が第一次損害賠償請求訴訟の蒸し返しであり、信義則に反し許されないのと同様に、第三次損害賠償請求訴訟もまた第一次損害賠償請求訴訟の蒸し返しであり、信義則に反し許されないと認定判断し、控訴審も殆ど同じ理由で原告らの控訴を棄却したものである(乙第六号証の1~4)。

2 本件訴訟は、右に述べた第三次損害賠償請求訴訟と同一事件であり、同事件の確定判決の既判力に抵触し許容されないから、請求棄却の判決がされるべきである。

すなわち、原告らは、原告ら主張の被告らの「不法行為の存在」が、本件の請求原因では、別件大阪地裁判決によって「明白になった」と主張するのに対し、第三次損害賠償請求訴訟の請求原因では、吉川が作成したという昭和六三年八月一八日付報告書(甲第七号証。以下「吉川報告書」という。)によって「明白になった」と主張したものであり、しかも、別件大阪地裁判決も「吉川の告白」の存在を前提として判示しているのであるから、結局、両事件は、単に原告らの提出援用する証拠方法を異にしているだけで、実質的には「吉川の告白」によって被告らの「不法行為の存在」が「明白になった」と主張する点で全く同じであり、同一の事件というべきである。

3 本件は、原告らが、特許訴訟の確定判決の成立過程で、被告らに「現場検証で虚偽の説明をした」とか「裁判官を欺岡した」という不正行為があったとして、右確定判決の内容と相反する事実を前提として、被告らに対し損害賠償を求めるものである。しかしながら、かかる損害賠償請求は、確定判決の当然無効を認めるのに等しく、法的安定性を害することになるから、従来の裁判例は、確定判決が再審で取り消されることが必要であり、そこまでは要求しないとしても、不正行為といわれる行為について、刑事上の有罪判決が確定するなど、当該不正行為の事実が明白に認められる特段の事情のあることが必要である、としている。原告らが吉川報告書を拠り所として被告らの不法行為の存在が明白であるとして提起したのが第三次損害賠償請求訴訟であるが、同訴訟の判決は、前記のとおり、右従来の裁判例と同趣旨で原告らの請求を棄却した。本件においても、被告らの不法行為の存在を明白にする詐欺罪の有罪判決等が存在しないことは明らかであるから、原告らの請求が認められる余地はない。

4 原告らが本件で主張している、被告らが「現場検証で虚偽の説明をした」とか、「裁判官を欺岡した」ということは、第一次ないし第三次損害賠償請求訴訟等、特許訴訟後に原告らが提起したいずれの訴訟においても原告らが繰り返し主張してきたところであるが、いずれの訴訟においてもすべて裁判所によって認められていないのであって、本件でもこれを認める余地は全くない。第二次損害賠償請求訴訟及び第三次損害賠償請求訴訟の各判決では、原告らの右主張を基に損害賠償請求訴訟を提起することは前訴の蒸し返しである旨判示されており、本件もその許されない蒸し返しが更に繰り返されているだけであって、訴訟上の信義則に反し、許容され得ないことは明らかである。

三  右被告らの主張に対する原告らの反論

被告らの主張は、以下のとおり、いずれも誤りである。

1  被告らは、本件と第三次損害賠償請求訴訟事件とは、請求原因において「吉川の告白」によって被告らの「不法行為の存在」が「明白になった」と主張する点では全く同じであり、同一の事件というべきであると主張するが、別件大阪地裁判決は、「吉川の告白」により被告らの「不法行為の存在」が「客観的に明白になった」というのであるから、両事件は同一の事件とはいえない。

2  被告らは、第三次損害賠償請求訴訟の判決は、確定判決が再審で取り消されるごとまでは要求しないとしても、不正行為といわれる行為について、刑事上の有罪判決が確定するなど、当該不正行為の事実が明白に認められる特段の事情のあることが必要である、とする従来の裁判例と同趣旨で原告らの請求を棄却したものであり、本件においても、被告らの不法行為の存在を明白にする詐欺罪の有罪判決等が存在しないことは明らかであるから、原告らの請求が認められる余地はない旨主張する。しかしながら、第三次損害賠償請求訴訟の控訴審判決(乙第六号証の2)は、「この程度の報告書(吉川報告書。原告ら注記)では、刑事の有罪判決に準ずる程度に不正行為の存在を客観的に明白ならしめるものということはとうていできない」と判示しているのであって、詐欺罪の有罪判決の存在が前提であるなどとは判示していない。本件において、別件大阪地裁判決こそがまさに右控訴審判決のいう「不正行為の存在を客観的に明白ならしめるもの」なのである。また、特許訴訟の確定判決の根拠法条は特許法であるのに対し、本件は民法の不法行為を根拠法条とするものであるから、法的安定性を害することはない。

被告らが「現場検証で虚偽の説明をした」とか、「裁判官を欺罔した」ということが、被告ら主張のようにいずれの訴訟においても認められなかったのは、「不正行為の存在を客観的に明白ならしめるもの」が存在しなかったからにすぎない。

被告らは、本件が第二次損害賠償請求訴訟及び第三次損害賠償請求訴訟の蒸し返しである旨主張するが、前述したとおり、本件は両訴訟とは同一の事件といえないから、被告らの主張は当たらない。

第三  証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、それらをここに引用する。

理由

一  被告らの主張に鑑み、本訴請求が第三次損害賠償請求訴訟(以下、単に「前訴」という。)の確定判決の既判力に抵触するか否かについて検討する。

1  成立に争いのない乙第六号証の1~4によれば、以下の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

(一)  原告らは、被告ら及び出口を共同被告として前訴を提起し、その請求原因として次のとおり主張した。

(1) 被告らは、共謀のうえ、特許訴訟において、次のとおり一連の偽証工作等の不法な訴訟活動をした。すなわち、

〈1〉 筧をして、昭和四四年一〇月六日の第一審第一四回公判において、被告日東産業の耐圧ホース製造方法について、被告日東産業は、昭和三八年七月一日から圧縮空気を利用する方法をやめ、常圧空気で行っているとの偽証をさせた。

〈2〉 吉川をして、昭和四三年六月二六日の第一審第五回公判において、同趣旨の偽証をさせた。

〈3〉 佐竹をして、昭和四四年九月八日の第一審第一三回公判において、同趣旨の虚偽の供述をさせた。

〈4〉 出口をして、昭和四六年六月四日の第一審第二一回公判において、同趣旨の偽証をさせた。

〈5〉 第一審において、昭和四三年一一月六日に被告日東産業の工場で実施された検証で、吉川をして、実際に圧縮空気を入れて製造していた工場一階の現場を見せず、工場二階に圧縮空気を入れなくても丸味がつぶれないような特製のホースを準備して、これを裁判官に見せるなどの偽装工作をさせた。

〈6〉 同じく第一審において、昭和四五年六月一日に被告日東産業の工場で実施された第二回検証で、吉川及び佐竹をして、実際に使用しているブレードホース用の編組機を見せず、実際には使用していない偽の横型編組機を作動させて裁判官をだました。

〈7〉 第二審において、昭和四八年六月二二日に同工場で実施された第三回検証で、訴訟代理人をして、前項と同様の虚偽の指示説明をさせた。

(2) 右(1)が判明したのは、昭和六三年八月一八日、吉川が原告黒田に、前記偽証工作等の事実をすべて認め、これについて告白し、同日付の報告書を作成したことによる。

すなわち、右吉川の告白によれば、前記三名の証言と被告日東産業の代表者の供述及び被告日東産業での三回の検証における被告らの指示説明は、いずれも虚偽であって、実際には、被告日東産業は、昭和三八年七月一日以降も圧縮空気を用いて、すなわち、本件特許にかかる製造法によって、耐圧ホースを製造していた。

(3) 被告らは、前記(1)の一連の不法な訴訟活動により裁判所をだまし、その結果裁判所は、原告らの特許権侵害の主張及びこれを前提とする原告黒田からの被告オー・ジーに対する被告日東産業の株式譲渡の無効の主張(第二審で追加)を認めず、右被告らは、昭和四七年三月三一日原告ら敗訴の第一審判決を取得し、また昭和五二年一二月二六日控訴棄却の第二審判決を取得し、昭和五三年一〇月六日上告棄却の最高裁判所判決を取得して、これを確定させた(控訴審大阪高等裁判所昭和四七年(ネ)第五七一号事件、上告審最高裁判所昭和五三年(オ)第五六二号事件)もので、共同不法行為に当たる。

出口は、昭和四六年六月四日に前記偽証をし、被告らの右不法行為に加担した。

(4) 被告ら及び出口の本件共同不法行為の結果、原告らは次のとおり損害を蒙った。

〈1〉 原告会社の損害

(イ) 被告らは、実際には、本件特許発明を昭和三八年七月一日以降も実施していたのに、これを実施していない旨主張立証して、前記各判決を詐取し、この結果、本来原告会社に支払われるべき特許権侵害によって受けた利益一億〇三一七万六〇〇〇円の支払を免れたものであり、原告会社は同額の損害を蒙った。

(ロ) 原告会社は、本件特許発明を実施してビニール製耐圧ホースの製造販売を行う目的で、設備一式を準備し、耐圧ホースの製造販売をしたが、特許訴訟での敗訴によって、結局事業閉鎖に追い込まれ、信用を失墜した。

よって、被告ら及び出口は原告会社に対し、慰謝料として三〇〇〇万円を支払うべきである。

〈2〉 原告黒田の損害

(イ) 被告オー・ジーは、本件特許発明の実施を昭和三八年六月三〇日をもって打切ることを条件に原告黒田所有の被告日東産業の株式一万八六〇〇株(全株式の七七パーセント)の全部を、一四三〇万円で譲受けておきながら、同株式を取得して被告日東産業を支配下におくと、右以降も引続き同社に本件特許発明を実施させておきながら、これを実施させていないと偽り、前記判決を詐取したものである。

その結果、被告オー・ジーは、本来原告黒田に返還しなければならない右株式の返還を免れたことにより、会社支配に伴う諸利益金少なくとも二億三三五六万二〇〇〇円を取得したものであるから、先に原告黒田に支払われた一四三〇万円を差引いた差額二億一七三六万二〇〇〇円の損害を原告黒田に与えた。

(ロ) 原告黒田は、被告オー・ジーが前記特許発明の実施打切りの条件を履行するものと信じて、株式を譲渡するとともに取締役をも辞任し、以後、本件特許発明の実施を目的に、千代田化成工業株式会社(現在の原告会社)を設立し、第二の人生計画に賭けていた。

しかし、被告ら及び出口の本件共同不法行為によってこれが挫折し、信用を失墜し、名誉を害され、大きな精神的打撃を受けた。その慰謝料として三〇〇〇万円が相当である。

(5) よって、原告らは、それぞれ被告ら及び出口に対し、共同不法行為による損害賠償請求権に基づき、連帯して、前記損害賠償金の内金一五〇〇万円及びこれに対する共同不法行為の後である平成元年一二月二二日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)  被告ら及び出口は、右請求原因に対し、本件訴訟におけると同じく、原告ら主張の共同不法行為の成立を否認するとともに、原告らの請求は第一次損害賠償請求訴訟の判決の既判力に抵触し許されない等の主張をし、確定判決の不正取得を理由とする損害賠償請求の要件及び原告らの請求がそれ以前に原告らが被告らに対し提起した特許訴訟や第一次、第二次損害賠償請求訴訟、二度の再審請求訴訟における確定判決との関係で許されるか否かなどが争点として争われた。

(三)  一審の大阪地方裁判所は、平成三年七月三〇日、「本件では、確定判決の不正取得という違法な訴訟行為の存在は、少なくとも明白とはいえず、再審手続によることなくして、不法行為による損害賠償を請求することができる場合には当たらないというべきである。そのうえ、本訴もまた、第二次損害賠償請求訴訟と同様、第一次損害賠償請求訴訟の蒸し返しであり、信義則に反し許されないというべきである。」旨判示して、請求棄却の判決を言渡した。原告らは大阪高等裁判所に控訴し(平成三年(ネ)第一八〇七号事件)、同裁判所は、平成四年三月二七日控訴棄却の判決を言渡したが、その判決理由中被告らに関する部分は、「判決の確定によりその既判力によって訴訟物である請求権の存否が確定された場合(前訴)においても、その判決の成立過程において、訴訟当事者が、相手方の権利を害する意図をもって、ことさらに虚偽の事実を主張し、あるいは証人等に偽証させるなどして裁判所を欺罔する等の不正行為を行い、その結果本来ならば取得することができなかったはずの勝訴判決を得たような場合、これによって損害を被った相手方は、その不正行為を理由とする再審の訴とは別に、独立の訴(後訴)によって右不正行為による損害の賠償を請求することができないわけではないけれども、後訴において請求を認容するには、その前提として、前訴の訴訟物である請求権の存否に関する確定判決の判断が誤っていたことを認めなければならず、事実上前訴確定判決の既判力を無視する結果となることや、再審の訴によってのみ確定判決の既判力を覆すことができるものとして、その限度において法的安定性の要請と個別的権利救済の要請との調整を図ることとしている現行法上の再審制度の趣旨等を考慮するならば、そのような損害賠償請求は無制限に許されるべきではなく、当該不正行為について刑事上有罪判決が確定しているなど、それが不法行為を構成し、公序良俗に違反するものであることが客観的にも明白である場合にのみ、これを主張して損害賠償を請求することができるものと解するのが相当である。そこで、本件がそのような場合に当たるかどうかについて考えるに、控訴人らの主張する本件特許事件における偽証等の不正行為について刑事上有罪判決があったことについては控訴人らのなんら主張立証しないところであり、また、そのほかにそれらの行為の存在が客観的にも明白であることを肯認させるような事情は見当たらない。控訴人らは、甲第一号証(吉川辰一名義の昭和六三年八月一八日付報告書)により、右不正行為の存在は客観的にも明白であると主張するけれども、この程度の報告書では、刑事の有罪判決に準ずる程度に不正行為の存在を客観的に明白ならしめるものということはとうていできないから、右主張を採用することはできない。そうすると、控訴人らとしては、右不正行為を主張して被控訴人両名に対し損害賠償を請求することはできないものというべきであり、しかもそれ以外に、控訴人らの右請求を理由あらしめる事実は全く主張立証されていないので、結局、右両名に対する本件請求は失当として棄却すべきものといわなければならない。」というものである。これに対し、原告黒田が最高裁判所に上告したが(平成四年(オ)第一三二六号事件)、平成四年一〇月六日上告棄却の判決の言渡があり、請求棄却の判決が確定した。

2  そこで検討するに、前訴の訴訟物は、被告らが、特許訴訟の勝訴判決を取得するために、証人筧、同吉川及び同出口をして偽証をさせ、被告日東産業の代表者佐竹をして虚偽の供述をさせ、合計三回の現場検証の際、検証用に特製のホース(内管)を準備したり、偽の装置を作動させるなどして、故意に虚偽の指示説明をし、あるいは偽装装置を検証させ、それによって裁判官を欺罔したという不正行為があったとする、確定判決の不正取得を理由とする損害賠償請求権であるということができる。本訴の請求原因によれば、原告らの主張する不法行為は、当事者、加害行為、被侵害権利及び損害のいずれの点をとっても、前訴で主張した不法行為と全く同一であることが明らかであるから、前訴の訴訟物と本訴の訴訟物とは、同一の不法行為に基づく損害賠償請求権であり同一であるといわなければならない。そして、前訴の確定判決により、原告らの被告らに対する右不法行為に基づく損害賠償請求権についてはその不存在が既判力をもって確定されているのであるから、原告らは、本訴においてこれに反する主張をすることは許されず、当裁判所もこれと矛盾抵触する判断をすることは許されないものといわなければならない。してみれば、本訴請求については、かかる不法行為に基づく損害賠償請求権は存在しないという右既判力ある前訴の確定判決を前提として審判すべきこととなるから、原告らの請求はいずれも理由がないという外はない。

もっとも、判決が確定した場合、その既判力によって右判決の対象となった請求権の存否が確定することはいうまでもないが、その判決の成立過程において、訴訟当事者が相手方の権利を害する意図のもとに、作為または不作為によって虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔する等の不正行為を行い、その結果本来あり得べからざる内容の確定判決を取得した場合においては、右判決が確定したからといって、そのような当事者の不正行為が直ちに問責し得なくなるいわれはなく、これによって損害を被った相手方は、再審の訴とは別に、右不法行為による損害の賠償を請求することを妨げられないと解すべきである(最高裁判所昭和四四年七月八日第三小法廷判決・民集二三巻八号一四〇七頁参照)。しかしながら、一方当事者が、他方当事者において右のように虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔する等の不正行為を行ったとして右不法行為による損害の賠償を請求できるのは、裁判所を欺罔する等の不正行為について刑事上詐欺罪の有罪判決が確定するなど、公序良俗に違反する訴訟行為による不法行為の成立が明白に認められる場合に限られると解するのが相当であって、事実審において攻撃防御を尽くす機会を与えられたにもかかわらず、遂に自己の主張する他方当事者の偽証や偽装工作等を打ち崩すことができずに敗訴しておきながら、後訴において単に再度他方当事者の偽証や偽装工作等の存在を主張するにすぎないような場合は含まないというべきである。何故なら、これを認めるならば、際限なく紛争の蒸し返しを許すことになり、後訴において請求を認容するためには、その前提として、前の訴訟における訴訟物である請求権の存否に関する確定判決の判断が誤っていたことを認めなければならず、実質的に確定判決の既判力を無視し、再審制度の存在意義を没却することになりかねないからである。

本件について原告らの主張をみるに、原告らは、別件大阪地裁判決により、被告日東産業が、特許訴訟における合計三回の現場検証の際、検証用に特製の内管を用意したり、偽装装置を設置するなどして、故意に虚偽の指示説明をし、あるいは偽装装置による偽の耐圧ホースを検証させ、それによって裁判官を欺罔した結果、本来なら取得できなかったはずの勝訴判決を得ていたという被告らの不法行為の存在が客観的に明白になったと主張するにすぎず、それ以上に右事実につき関係者に対して刑事上詐欺罪の有罪判決が確定しているなど、被告らの公序良俗に違反する訴訟行為による不法行為の成立が明白に認められる場合であるとの主張は何ら見当たらないし、前記説示において本訴と訴訟物が同一であるとしてその既判力に言及している確定判決は、特許訴訟における判決ではなく、前訴の確定判決なのであり、この前訴の確定判決自体については、その成立過程に何らの問題はなく、不正行為などという点はそもそも問題とならない。

この点について、原告らは、別件大阪地裁判決こそはまさに被告らの「不正行為の存在を客観的に明白ならしめるもの」なのであると主張するところ、成立に争いのない甲第一号証及び弁論の全趣旨によれば、平成四年二月一八日に言渡された別件大阪地裁判決は、その判決理由中において、「成立に争いのない甲第五号証の一(本訴甲第七号証〔吉川報告書〕。裁判所注記)と弁論の全趣旨によると、第一回ないし第三回検証において日東産業の担当者として指示説明を行った吉川辰一が日東産業を退職した後の昭和六三年八月になって、原告黒田に対し、右主張(虚偽の指示説明をしたこと及び偽装装置を検証させたこと)に副う告白をしたことが認められる。しかし、裁判官がした争訟上の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在したとしても、これによって当然に国家賠償法第一条第一項の規定にいう違法な行為があったものとして国の賠償責任の問題が生じるわけではなく、右責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要とするところ(最高裁昭和五七年三月一二日第二小法廷判決)、右告白内容は、日東産業において、検証用に特製の内管を用意したり、また、偽装装置を設置するなどして、故意に虚偽の指示説明をし、あるいは偽装装置を検証させ、それによって裁判官を欺罔したというものであって、現時点において、右告白内容に基づき審理の経過を再検討すれば、担当裁判官が日東産業の欺罔行為を見破ることができなかったことについて悔やまれる点がないとは言えないが、右告白内容からすると、担当裁判官に、右に述べたような特別の事情があったと言えないことは明らかであり、また、本件においては、他に右のような特別の事情があったとすべき事由を認めるに足りる証拠はない。したがって、本件特許訴訟に関与した裁判官に国家賠償の対象となる違法行為があったとすることはできない。」と認定説示して原告らの請求を棄却し、右判決は確定していることが認められる。

しかしながら、右のような別件大阪地裁判決が確定したからといって、本訴と訴訟物を同じくする前訴自体について被告らの不正行為の存在を客観的に明白ならしめるというものでないことは明らかである。のみならず、別件大阪地裁判決を検討するに、判決理由中の判断の拘束力について云々するまでもなく、右認定説示の内容それ自体と、右判決の事件では前記報告書の作成者である吉川の証人尋問は勿論のこと、原告兼原告会社代表者黒田の本人尋問も行われないまま弁論終結に至っていること(弁論の全趣旨)を併せ考えると、右判決は、特許訴訟において、被告日東産業が、検証用に特製の内管を用意したり、偽装装置を設置するなどして、故意に虚偽の指示説明をし、あるいは偽装装置による偽の耐圧ホースを検証させ、それによって裁判官を欺罔した結果、本来なら取得できなかったはずの勝訴判決を得たという、原告らの主張する被告らの不法行為の事実そのものを認定したものとは俄かに速断できないところであるし、仮にそのように解する余地があるとしても、単に訴訟物を全く異にする国家賠償請求事件の判決理由中の一部にそのような事実認定が存在するからといって、直ちに、被告らの関係者の不正行為について刑事上詐欺罪の有罪判決が確定するなど、被告らの公序良俗に違反する訴訟行為による不法行為の成立が明白に認められ、確定判決の不正取得を理由とする原告らの損害賠償請求を可とすべき叙上説示の場合に該当するとすることは到底できないから、別件大阪地裁判決は、それ自体被告らの「不正行為の存在を客観的に明白ならしめるもの」ということはできない。

以上要するに、別件大阪地裁判決の存在は本件の結論に影響を及ぼすものではなく、原告らの本訴請求は、その余の点について検討を加えるまでもなく、前訴判決の既判力に抵触し許されないものといわなければならない。これに反する原告らの主張は採用することができない。

二  結論

よって、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水野武 裁判官 小澤一郎 裁判官 本吉弘行)

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